46.
第八話 こんな日常でいい
俺はその後もあやのさんともマキとも曖昧な関係のまま、いつも通り仕事をしていた。
そもそもが、休みが少なくたまの休みもヘバッて家で寝てることも多い俺だ。彼女を作るとか、デートするとか、そんな余裕は無かったのかもしれない。ただ、美味いごはんを食べに行く。そこで彼女たちの笑顔を見る。そのあと麻雀をする。それで充分過ぎる幸せを感じていたし、それ以上進展させる必要もないかなって。……これは俺が変なのかな。
少し変化があったのは家で俺が料理することが増えたこと。餃子の焼き方もマスターしたし、出来るようになるとやりたい気持ちが増えてくるな。
それは麻雀も同じで、最近麻雀に対する理解が深まったのもあり面白くて仕方ない。美咲相手にもいい勝負が出来るようになってきた。まぐれ勝ちしかしてなかった以前の俺とは違う。ベストを尽くしたから勝てた、というその満足感を体験していた。
そして、今日は久しぶりに美咲と一緒の休み。昼ご飯は焼きそばにするつもりだ。
「美咲〜。お昼は焼きそばでいいかー?」
「イイヨ〜」
最近思い付いたおいしい焼きそばの作り方を実行する日が来た。よーし、やってやるぞ。
────
──
できた!
「よし、完成だ。――美咲ー!ごはんできたぞー!」
「あーーい」
「濃い味焼きそば! ソース味を強くして麺の量を増やした。どうせ一人前じゃ足りないだろ。1.5人前ずつ食べようぜ」
「そんくらいが丁度いいよねー。じゃ、いただきます!」
「俺も、いただきます」
パクッ モグモグモグモグモグモグ
「美味しい! 明らかに味が濃い」
「な、濃くて美味しいだろ? イメ
52.第伍話 ご破算 その日の夕方、俺はリビングのソファにチョンと腰を下ろし、目の前で宿題を広げる美咲に例の話を切り出した。 朝から頭をぐるぐるさせていた、とんでもない結論についてだ。 あやのさんとマキ「二人とも俺と付き合う」で決着がついた──そんな話を、半ば自分でも信じられない気持ちで打ち明けた。 美咲は一瞬、シャープペンを握る手を止めて、目を丸くした。「ハハハハハハ!! 何それ、本気で言ってんの? お兄ちゃんはそれでいいんだ?」 美咲の笑い声が部屋に響き、俺は思わず苦笑いした。 彼女の反応は軽快で、それを見て俺はホッとしていた。美咲に引かれたら俺はちょっと悲しいから。「まあ、俺は構わない。ありがたいくらいさ。でも、あやのさんやマキはこれでいいのかな?」 俺の言葉に、美咲は一旦ノートを閉じ、ソファの背もたれに寄りかかった。 彼女の目は興味津々で、まるでドラマの展開を聞くようなワクワク感が漂っていた。「いーんじゃないの。日本で一夫多妻制は法律で認められてないけど、非婚の場合は違法じゃないし。みんなが幸せになるにはそれしかないじゃん」「まあなぁ」 美咲のあっけらかんとした口調に、俺の肩の力も少し抜けた。 彼女の言う通り、法律的には問題ないのかもしれない。それでも、こんな型破りな関係が本当にうまくいくのか、頭のどこかで疑問が渦巻いていた。「ただ、マキさんは年齢的に子作りはしないつもりだと思うけど、あやのさんとの間に子が産まれた場合は未婚だと親権は母親に帰属するよ。ま、そしたらお兄ちゃんは認知だけして三人で面倒見ていけばいいんじゃないかな。その頃にはいのりちゃんも十分お手伝いできる年齢になるだろうし、私もいるし、なんとかなるとは思う」
51.第四話 メタの提案 その後、夕方の混む時間帯になるまでは来客がポツポツだったのでしばらくはあやのさんも混ざって麻雀をした。結果、俺はあやのさんに一度も勝てなかった。 俺も強くなったつもりだったが甘かった。それはそうだよな。一朝一夕にいくわけがない、相手は雀荘店長を経験したこともある人だ。 マキも20代の頃は御徒町の雀荘でバイトリーダーだったらしい(ちなみにマキがあやのさんと出会ったのもその雀荘。当時あやのさんは下っ端バイトだった)。 メタさんにいたってはトッププロしか参戦出来ないプロリーグ『プラスアルファリーグ』の元チームリーダーときてる。そりゃ、つい最近ルール覚えただけの素人が勝つわけがなかった。 でも、けっこう上手に打てたつもりなんだけどな、自分なりに。と思っていたら……「ハルトくん、ずいぶん上達したわね。びっくりしちゃった!」とあやのさんから言われた。「分かってくれます?」「分かるわよう。いつも厨房から後ろ見してるからね、最初の頃から比べるとすごく上手くなった」「判断するスピードもかなり速くなったしね。立派立派! アタシらは遅いのが一番苦手だからさ。ハルトが速く打てるようになって嬉しいよ」「リーチにもベタオリするわけでもなく、かと言って簡単に諦めるでもない、いいバランスの対応をしていたな。今日はたまたま巡り合せが悪かったがこの調子で続けていればいつか勝てる時も来る」 みんなして褒めてくれた。気分を良くした俺は仕事での疲れなど吹き飛んでいた。今日はいい日だ。やっぱり麻雀食堂に来て良かった。「ところでさ、ハルト君は次いつ時間あるのかな? 今度またデートしたいなって思うんだけど……」「ちなみにアタシならハルトに合わせられるからねぇ! いつ誘われても時間作るわよぉ♡」「うぐっ……。少し、考えさせて下さ
50.第三話 メタとあやのとハムチーズトースト「あのひとのアガった数え役満……あれのせいで私は人生めちゃくちゃにしちゃったよね。まさかあれと3回結婚して3回離婚するなんてさ。でも、カッコイイと思っちゃったんだよね~。あの時は」「どんなアガリだったんですか?」と俺が質問すると、あやのさんは牌をカチャカチャと並べ始めた。一二三④⑤⑥⑦⑧⑨12233「南3局で18000点持ちラス目の親番。ドラは2索だったわ」「これって……切り番ってことすよね。ドラ2索なら1索切ってリーチするかな」「そう思うわよね。私もそうだと思ったもの」「でも、違った。となると、⑨切ってのテンパイ取らずかな。強い形で復活しやすい」「その考えもあるわよね。わかるわ、私もそれ考えたから」「でも、これも違う……と」「そう」「なら打3かな。とりあえずツモれれば強引な満貫となる仮テンとして、良い変化をしたなら待ちを替えてリーチ。これじゃない? これ、メタさんぽいじゃん」「そうよね、それ全く同じことを私も思ったんだけど……」「打④だ。懐かしいな」 気付いたらそこにメタさんが来ていた。換気中で扉を開けっぱなしだから入ってきたことに誰も気付かなかった。「あ、おかえり」「よーメタ、おかえりぃ」「メタさん! こんにちは。って、えっ、ここから打④? 意図がわかりません。何で④筒なんですか?」「うん、おれはこの手が倍満級になると思ったんだ。ここからイメージ通りに進んだらの話だけどな」「メンピンイーペードラドラ……ツモっても跳満止まりですよ。倍満はちょ
49.第二話 あやのの思い出 東1局はあやのさんがダマのピンフを入れていて、俺はリーチしたが宣言牌で放銃。結果1000点で蹴られた。 俺はドラ3赤赤で良い手だったのに。でもまあ、それはつまり相対的に相手は安い手が来てるってこと。1000点で流されるのも仕方ないっていうか、当たり前なんだけどな。しかし悔しい! 東2局のあやのさんの親番は2900をあやのさんに放銃したが、次局は俺が1300をアガって少ない失点で抑えた。 緊張感のある攻防。少しの気の緩みで負ける気がする。 こんなに近くにいるのにあやのさんと俺は何の会話もしてなかった。 いや、その代わり牌で会話をしていた気がする。その選択、そのモーション、その押し引き、全てが会話だった。2人だけの世界で、麻雀という言語を使って、ある意味ものすごく深い所で繋がったような感覚だった。まだほんの数十分の攻防だけど、俺は確かな繋がりを感じていた。(これが、あやのさんの麻雀か) なんと表現したらいいのか、あやのさんの麻雀はあたたかい気がした。いつでもいらっしゃい。と言われてる気がする。さすが、雀荘の店長を経験しているだけはある。程よい緊張感と、俺を受け入れてくれるであろう優しさが混在するこの雰囲気は今まで経験したことのない感覚だった。 その後もツモロンと攻防は続き、俺はあやのさん相手に意外にもリードしていた。「ごちそうさまー! 美味しかった! 食器ここ置いとくね」 そう言ってマキはひょいと厨房に入り食器をタライに漬け込んだ。客が厨房に入るのは普通ありえない光景だが、マキは宣伝などのお手伝いもしてる身内みたいなものだと言っていたから特別なのかもしれない。「ありがとー。そしたら次からマキも参加しなよ。もうオーラスだから」「そうするね。久
48.ここまでのあらすじ 乾春人は仕事が多忙を極めていた。余裕が無かったこともあり、髙橋彩乃とも犬飼真希とも関係を深めることもなく過ごしていた。ハルトは2人の自分に対する気持ちを知っていながら、この数週間は何も出来ないでいるのだった。 ただ麻雀だけはアプリゲームで研究していた。その上達ぶりを見せたいと思い、久しぶりに麻雀食堂へと足を運ぶとちょうどマキもやってきて――【登場人物紹介】乾春人いぬいはると 主人公。ごく普通のサラリーマン(26)。営業職だが最近は後輩の教育も任されており忙しい。ひょんなことからあやの食堂と麻雀を知り、あっという間に虜になった。食堂に行く時間がない時でもアプリゲームの麻雀『雀ソウル』を使って研究などしている。髙橋彩乃たかはしあやの 店内に麻雀卓のある風変わりな定食屋『あやの食堂』の店主。 髙橋幸太郎との間に娘がいるが現在は離婚しており、独身子持ちの37歳。 一人娘の髙橋祈(たかはしいのり)を女手一つで養っている。 乾の事を好きになってしまったが、親友で店の手伝いもしてくれたりする犬飼真希も自分と同じ気持ちなので少々参っている。犬飼真希いぬかいまき あやの食堂の付近にあるカラオケスナックのオーナー。気さくな性格でとても歌が上手くて世渡りも上手。 45歳だが、全くそんな風に見えない健康的な若々しさがある美女。バツなしの独身。乾春人を純粋に好きになってしまい、日に日にその気持ちを膨らませているが親子ほどの年齢差に悩んでいる。髙橋幸太郎たかはしこうたろう
47.第九話 常識破りのしょうが焼き 今日は教育している後輩が病欠ということで、久しぶりに仕事が早上がりできた。 ダウンしてる後輩には悪いが、多忙な時期にこれは千載一遇のチャンスと思い、俺は麻雀食堂に寄ってから帰ることにした。できれば少し麻雀がやりたい。俺が最近上達したところを彼らにも見せてやりたいと思ったのだ。あと、肉が食べたいかな。────ガラガラガラ「こんにちは」「あら、ハルト君。いらっしゃいませ! 今日は何にする?」「ん~~……。しょうが焼き定食にしようかな。ここでしょうが焼きはまだ頼んだことない気がする」「ウチのしょうが焼きは人気メニューよ。それじゃあ腕によりをかけて作っちゃおうかなっ!」 俺はあやのさんが手際よく料理をしてる様子を眺めてた。手順がいい。火から少し目を逸らしていいタイミングになったらサラダを作ったり洗い物をしたり、とにかく1人で店を回すことのプロなんだなと思った。「……! な、な~に? じーっと見つめて」「いや、ちょっと見てただけ。テキパキ働くなーって」「どうせなら『見てた』じゃなくて『見惚れてた』って言ってよね♡ でもあんまり見つめられると恥ずかしいからケータイでもいじって待ってて。私だって見られて緊張することはあるんですからね」「そうなの?」「そうよ、完璧にしたいからこそ緊張するの。緊張感を支配してこそプロなんだけどね、なかなかそうは……いかなくて」 喋りながらも厨房をあちらこちらと移動する。その移動歩数、動き方、全てが最少の動きになってることに今気付いた。 この人はこの空間を完全に理解してて、移動の順番、歩幅、間隔、それら全てでベストを選んでるんだ。(すごいな&helli